著者が2003年11月から2004年3月までの約半年間、市川塩浜にあるアマゾンの物流センターでアルバイト作業員として働いた潜入ルポ。コンピュータ管理された厳しい作業ノルマと、従業員の階層化によって作業者に考えることを放棄させる一方、ITの活用によって驚異的な効率と質の高いサービスを提供するアマゾンの姿を描く。
使い捨て人材として時給のみでつながったドライな雇用関係。仕事に希望も愛着も持てない中で、職場に嫌悪感を抱きながらも、顧客としてはその便利さゆえにアマゾンの愛用者となる著者。
彼が見た舞台裏には、年収にして200万円程度の、一心不乱に働く30~50代男性アルバイト達の姿があった。
これまで数えきれないほどの物流センターを見てきた。しかし見慣れたはずの風景であるのに、この物流センターはどこかが違う。それはこれまで取材者の立場からだったのに対し、今回ははじめて作業員として物流センターを見ているからであろうか。
(中略)
その棚がぎっしり並んだ空間を数十人のアルバイトたちが、脇目もふらず一心不乱に働いていた。その姿を見て、私は気圧されるように感じた。
たかが時給900円である。なぜこんなに懸命に働いているのだろう。
いぶかしく思ったのと同時に、最初に抱いた違和感の理由がわかった。ここには物流現場にありがちなけだるい雰囲気がまるでないのだ。早くシフトが終わらないかなあというだらけた雰囲気とは逆に、ピンと張りつめた空気のなかを皆が何かに急き立てられるように足早に歩いていた。バイト同士の笑い声はもちろん、話し声さえ聞こえてこない。真剣そのものである。
(中略)
アマゾンのセンターほど、人手に頼っている現場も珍しい。なぜなら、主力商品である本の大きさが一つひとつ違うために自動化できず、どうしても人海戦術になってしまうからだ。
そして、その400人いるアルバイトが少しでも怠け心を起こさないようにと、ここではすべての作業に厳しいノルマが課せられていた。ピッキング「1分で3冊」、検品「1分で4冊」、棚入れ「1分で5冊」、手梱包「1分で1個」……。
アルバイトたちの生活は恵まれているとはいえない。アマゾン物流センターのアルバイトたちは給料の額を隠さない。労働時間によってのみ給与が決まる世界では、額の多寡によって誰かが気分を害するということもない。11月の給料日、著者が聞いた最高額は28万円だった。前髪の薄くなった50代の男性が「血と汗と涙の結晶」と笑う。自給900円換算では月に300時間以上働いたことを意味する。
「今は夜遅くまで残業があるから稼ぐにはいいけれど、これもクリスマスごろまでかねえ。残業が9時まであるときは、おにぎりが出るからいくつ取ってもいいんだ。10時までのときは、お弁当が出る。それを食べて帰ったらもう11時。それから風呂に入って寝るだろう。朝6時には起きて、8時にはセンターで働きはじめる。それの繰り返しだよ」
著者と同年代の40代の男性は、毎日同じものを食べる。
島崎さんの一日は、朝、八枚切りのパンを二枚食べることからはじまる。昼は、残りのパンとカップラーメン。カップラーメンは、某化粧品メーカーが作っている三個200円のもので、「普通のカップラーメンなら3分でいいところを、ここのは麺が硬いんで5分かかるんです」と教えてくれた。麦茶色した液体は、100円ショップで買ったインスタントコーヒーだった。冬でもお腹が下るくらい飲むほどコーヒーが好きなのだそうだ。夜は、野菜炒めと焼酎。毎日この繰り返しで、一回の食費を100円以下に抑えている。
切り詰めているのは食費だけではない。送迎バスの乗り場まで電車に乗れば一駅のところを、30分かけて歩いてくる。往復一時間かけて、300円ほどのお金を節約する。おそらく健康保険にも入っていないのだろう。
ここのアルバイトたちは、いたって従順だ。指示通りに動き、朝令暮改も気にしない。風の谷のナウシカの陶器のフィギュアセットが出荷される日、朝礼で21時までの残業があることを告げられる。
しかし午後3時の休憩のときに、一階に下りてホワイトボードを確認したとき、目を疑った。
「今日のオペレーションは、シフト定時でお願いします」
アルバイトを集めすぎて定時で仕事がこなせてしまったのか、それとも思ったほど注文が伸びなかったのかは定かではない。しかし、あれだけ大騒ぎをしておいて定時に上がれとはどういうことだろうか。
何度か言葉を交わした男性アルバイトを見つけたので、「残業確定と言いながら、これはないですよね」と水を向けるが、「そんなものじゃないですか」と乗ってこない。帰りのバスで隣に座った毎日最後まで残業することで有名な50代のおばちゃんにも「結局、残業ありませんでしたね」とふってみるが、「そうだったわね」とそっけない返事が返ってきただけだった。
働きはじめたばかりのころは、当然文句が出そうな場面でも、不満の一つも口にしない他のアルバイトたちの態度に、私はおおいに戸惑っていた。
自分のいままでの人生経験が役に立たない仕事、働いても900円の時給以外に得られるものがない仕事、要らなくなればすぐに捨てられるという恐怖。アルバイトはあきらめ、達観する。
怒りの表現とは、対象に多かれ少なかれ期待することがあるから起こりうる行為だ。職場に愛着がもてない上に、いつ契約が打ち切られるかもわからないような不安定な職場にアルバイトたちははじめから何も期待していない。
アルバイトは長続きしない。一年もつのは10人に1人もいない。次々と人が辞めるそばから、新しいアルバイトが毎週のように入ってくる。アマゾンも日通も人が長つづきしないことを露ほども気にしていないことが一番不気味だった、と著者は述べる。
二ヵ月毎に職を失うかもしれない恐怖、与えられない情報、考えることの必要ない延々と続く単純作業。そして、コンピュータによる作業成績の管理。こうしてアマゾンと日通はアルバイトを掌握する。
一部のエリートが考えて支持をする。残りの非エリートが手足となって働く。これを著者は「アマゾン化」と呼ぶ。
現代社会において「仕事=アイデンティティ」とするならば、自分の仕事に矜持をもてない状態がつづくことは、自尊心が蝕まれていくことであり、生活が荒廃していくことにほかならない。
(中略)
<ワンクリック>の向こう側では、その要求に応えるために、たしかに誰かが働いている。ネット社会の便利さを享受することが、IT企業の舞台裏で働く人々の自尊心を損なうことと無関係ではなく、ひいてはわれわれの生活基盤である社会全体を不安定にしていくのかもしれない。われわれは、ときに立ち止まり、そのことを今一度思い起こしてみる必要があるのではないか。
ネット上で日本のニュースを眺めれば、ニューエコノミーの代表ともいえるIT企業の動向が、連日連夜世間を賑わせている。それらの企業によって今後、日本経済がたとえ "復活" したとしても、それと引き替えに多くの人から "希望" が奪われるのなら、それを豊かな社会とは呼ぶことはできないのだから。
著者がこの原稿を書いていた当時は、ライブドアが絶好調の時期であった。楽天との球団争奪戦を繰り広げ、ニッポン放送を傘下に収めようと株を買い占め、銀行の設立まで進めていた。本書出版から一年でライブドアは上場廃止になったが、2008年現在、楽天は成長を続けている。
IT企業に限らず、日本社会全体で格差は開きつつある。個人の手でこの大きな流れを変えることは難しい。自分にできることは、自分と、自分の周りの人たちが、下の層へと沈んでいかないように努力することだけだ。
クラウドコンピューティングにも参入して、その技術的な色をますます強めるアマゾン。昔も今もアマゾンが好きでよく使う。注文の度に、その裏で働く人々のことを思いだし、苦い気分が去来するのが、昔との違いか。

